九州旅行。
1.エアビーアンドビーの初使用
エアビーアンドビー(https://www.airbnb.jp/)ってご存じですか。
民泊システムなんですが、これがちょっと怖くてずっと使えなかったのです。
実際使ってみて、あたりの場所を引けたみたいです。
非常に優しいホストさんがいて、安くて、広かった。
是非これからもこれ、使っていこうと思います。
この図書館、知ってます?
TUTAYAが買って、スタバが入ってる、民間委託の図書館なのです。
民間委託兼本屋さん、みたいな感じでした。
写真を見たらわかるとは思うのですが、綺麗でした。
「読まれる本」がおいてある印象です。内装はおしゃれなんだけど高いところに本がおいてあって、利用者が自由に本を取れる場所ではないな~と。
あとは、図書館としてはどうなのかなーって。
貸出率の高い本を置くところが図書館の役目じゃあないよな。貴重資料、古い資料、郷土の資料、借りられなくとも、”そこにある”ということが重要な意味を持つ資料を保持しておくのも、図書館の大事な役目なのだけれどもね。
ただ、勿論利用者からしたら便利だし、快適で、出版業界にも好影響だと思う。
読書離れに歯止めをかけるかもしれない。
もっとこういう図書館は増えてもいいと思う。デメリットを解決する方法が見つかれば、の話ですが。
九州はラーメンが美味い。みんなも行ってラーメンを貪り明太子を食い通りもんを買って帰ろうな。
宮城旅行
松島、個人的にはうーん…でした。
というか「松島」がどの島を指しているのか結局わからずじまいでした。
若いせいでしょうか、あの岩だらけの島々を見ても「ああ、島だ」としか感じられませんでした。
食べ物はどれも美味しい!
特にずんだメロンパン。笹かまの手焼きも210円でできる。
あちこちに「ここまで浸水しました」というの看板がたくさんあるのが、生々しくて何とも言えなくなる。
贔屓目もありますが、インパクトというか、僕ら世代で楽しもうと思ったら、広島の宮島の方が上だと思います。
ただ、眺めはやはり抜群ですね。どうですかこれ。きれいでしょ。
本当はフェスの話をしたいのですが、宮城で一番印象的だったのは、宿泊場所でした。
実は友人に泊めてもらうつもりだったのですがアクシデント。
急遽宿を探すことに。とはいえ、結構な有名フェスなので空いていないだろうと諦めていたのですが、「宿や萩」さん「東寺庵」さんに一泊ずつ泊めてもらえることになりまして。
宿や萩さん
仙台駅まで徒歩10分快適に宿泊できる安宿ゲストハウス宿や萩です
仙台駅まで徒歩10分ゲストハウス 安宿 ホテル 観光 出張 旅人
ve.cat-v.ne.jp
↑にも出てますが、まず近い。駅に近いのはそれだけでいいよね。
オーナーさんの人柄が独特。癖になるゆるさの人でした。ロビー(でいいのか)は涼しいし、お客さんも楽しい人ばかりでした。水回りもきれい。あえて言うならベッドが硬かった。
東寺庵さん
ここがもうよかったのなんの。
信じられない待遇だった。
「実家のような安心感」とよく謳われるキャッチコピーは、ここにこそふさわしい。
布団はふかふかだし、普通のとこではタブーの、浴槽にお湯を張るのもオッケーみたい。
あんまり書きたくはないのですが、宿泊するために払うお金は2000円なのにお酒飲み放題などのサービスはあまりにも破格。親切極まりないし。
もっかい行くなら絶対ここに泊まりますね。
僕の知るゲストハウスの中で間違いなく一番でした。
最後に、移動手段について。
普段は18切符鉄道旅やチキチキ!深夜の高速バス寝不足旅でしたが、今回ほとんど飛行機で移動しました。
昼のフライトは初めてだったのですが、空って、きれいですね。天上界という言葉はこのためにある。
あと格安航空とそうじゃない航空の違いがいまいち感じられなかった…。荷物にお金を取られないこととジュースがいっぱいタダでもらえることくらい?
児童文学から見る自分の退化
突然だけれども、「児童文学の不朽の名作の条件は、なにか」と問われたら、あなたはなんと答えるだろうか。
もし、僕がそう問われたら、「なまなましさ」が恐らくその条件だ、と答えるだろう。
「なまなましさ」。いかに物語を身近に感じられるか、である。
子どもらにとって、いやこれは全ての年代に言えることだが、読書とはすなわち冒険である。そこに居ながらにして、そこではないところにいて、ここにはない 経験をする。もしかしたら探偵になり何事件の解決に導くかもしれないし、もしかしたら怪盗になりお宝を見事手に入れるかもしれない。あるいは悲劇のヒロイ ンになって、服毒自殺をしてしまうかもしれない。
それを楽しむためには、やはり物語に深く入り込む必要があるだろう。そしてそれに不可欠なのが、「なまなましさ」だ、と僕は思うのだ。
けれども、これがなかなか難しい。子どもらの知っている世界は、あまりにも狭い。広さな意味でも、知識的な意味でも。それはすなわち、作品の舞台が絞られ てくる、ということだ。世相、最新技術を絡めれば、いずれは時代遅れになり「不朽」たりえないし、語彙の難度をあげれば、それは児童文学とは呼べないもの になってしまう。ところが話がつまらなければ、それはそもそも名作ではない。
それを表現するために一番適しているのが、おそらく異世界モノ、いわゆる「ファンタジー」なのだろう。
誰も知らない世界ならば、前提の知識は必要ない。すべては、作者の表現次第だ。総理大臣も、携帯電話(今はスマホか)もいらない。必要なのは王様と伝書鳩だ。子どもたちは、みずからの想像力だけを手掛かりに未知の世界を冒険すればよい。
実際にいわゆる児童文学の名作と言われるものには、ファンタジーが多い。あげれば枚挙に暇がないが、「ナルニア国物語」「ハリー・ポッター」「ダレン・シャン」「デルトラクエスト」などは、みなさんもご存じなのではないだろうか。
もちろん、国産だって負けてはいない。そのもっともたる、二大巨頭の一人とまで呼ばれる人が、上橋菜穂子さん。「守り人シリーズ」「獣の奏者」で有名だろ う。上橋さんが描くのは、綺麗な魔法が登場し、こわーいドラゴンを倒し、わかりやすい悪人を成敗するような、そういったお話ではなく、ゴリゴリの、骨太な ファンタジーだ。
今回これを書くに至ったのは、その「精霊の守り人」を久々に読み返したからだ。
ざっくり筋を話すと、現実世界は「サグ」と呼ばれる。もう一つの世界の「ナユグ」の生き物に卵を産み付けられた皇子。それを狙う、皇国が差し向ける「サグ」の暗殺者と、「ナユグ」の卵喰い。そして主人公の女用心棒が皇子を守る、といった流れだろうか。
当然、おもしろかった。懐かしくもあり、また忘れているところもあった。
あのころ読んでいた本を思い出した。
同時に、自分の変化に愕然とした。
読んでいる最中に、登場人物のセリフを日本語学的観点から見てしまった時には、苦笑してしまったが、一番の変化はそこではない。
かつての自分の読書スタイルは、読んでいたら、そこに自然と世界が見えていた。笑う方がいられるかもしれないが、誇張ではない。ぞわり、と肌が粟立つような感覚から始まり、文字とともに映像が脳裏に浮かび、登場人物の声が聞こえる。そんな読書経験をしてきたのだ。
今でも、特に面白いと感じる本で、肌が粟立つような感覚に襲われる。映像が一部流れることもある。おそらくだが、意識すればまだ、世界を見ることもできるかもしれない。しかし、それは断片的で、無意識に世界が見えるほどにその世界に入り込むことは、いまはもうできない。
読書量が、高校や大学でぐっと減った影響なのか。感受性の問題なのか。想像力の影響なのか。ファンタジーを最近読んでいないせいなのか。原因はさまざまだろう。
とにもかくにも、僕は悪い意味で「現実世界の住人」、「サグの住人」になってしまったのを、久々に読んだ本で気づかされた。
最近、ありがたいことに、読書会をする活動に参加するようになった。読書をする癖を、もう一度取り戻す。そしたらまた、「もう一つの世界」「ナユグ」がみられるようになるだろうか。