なまこ旅行記。

旅行記と生息記。

アタマ的な意味での大食漢になりたい

大食漢は、沢山食べる人の事です。

教養についてかこっちか迷ったけど、書きやすそうだったので。

 

詳しそうな人に怒られそうなのだけど、おおざっぱにいうと、胃って筋肉らしいんですよね。

で、筋肉って鍛えたら強く大きくなりますよね。

胃も同じで、使えば使うほど鍛えられていくそうで、ご飯もたくさん食べたら広がったりするようになるんだそうです。脳も同じですよね。当たり前ですが、使いすぎたら壊れますが。

 

ちなみに、中国では、脳の事を「脳筋」って書くんだそうです。日本語だとあまりいいイメージのないこの言葉ですが、うーん、なるほど。って思いました。

 

で、なぜ似てると思ったのかなのですが、人間、生きるためにはものを食すことが不可欠です。食したものは胃で消化され、体内に取り込まれ、排泄されます。消化されたものは栄養分となり、体を構成する、あるいは体を動かすエネルギーになります。

そしてまた、あなたは一年前食べたものを覚えているでしょうか。おそらく、覚えていない人が大半です。あるいは、あなたの右手を構成しているのは、いつ食べたものか、どんなものを食べたおかげでできたかを正確に答えられる人は、間違いなく一人もいないでしょう。

 

ところが、それが出来ない人がいます。

赤ん坊、あるいは飢餓状態に置かれた人です。

胃がうまく働かず、沢山食べることができなかったり、固形物を消化できない、受け付けずに吐いたりしてしまいます。

 

同様のことが、脳にも言えそうだなあと思いました。読んだ本、経験した体験、得た知識や考え方などを脳によって消化して、考え方や感じ方を作っていく。どの本、どの体験がそれを作ったかははっきりとは言えないけれど、(はっきりと言えるもの、たとえばそれは高級レストランの食事のようなものもあるでしょうが)当然その中で排泄、すなわち忘却していくことはあるし、自分の知性に合わないものは消化されず、そのまま排泄、素通りしていくでしょう。

 

ところがたくさん読書、経験をすることによって、物理的な消化可能な量は増えるでしょうし、消化可能な質を上げることも、どうやら出来そうなことが分かってきます。沢山本を読み、知識を蓄え、考え方を磨くことによって、例えば大学の教授の話だったりを上手に消化できるようになったりします。それが血肉になっていきます。

 

もちろん心がけ次第だとは思うのですが、どうしても学生、特にまじめな学生はたくさんの種類の刺激、多様な経験を常に出来るような生活はしていません。アタマ的な意味での食生活が、悲しいかな貧相になりがちではないかなあ、と思います。

 

だからこそ、読書をしたりだとか、賢い人と話したりだとか、そういったことでなるべく沢山「食べて」、なんでも消化できるような「大食漢」になりたいですね。めざせふーどふぁいたー。